記事一覧

2012年演奏機会等予定

明細がきまりましたら、それを独立した記事としてリンクしていきます。

ここでは日程と流れのみご案内します。

2012年1月29日(日)
第5回群馬声楽アンサンブルコンテスト
http://gca.sakura.ne.jp/activity/04.html
前橋市文化会館小ホール
http://www15.wind.ne.jp/~mae-shibun/
演奏曲目:Gloria(W.Byrd)
33番目15:12~の出番となりました。

2012年4月1日(日)
花祭り奉賛会
本元寺

2012年10月28日(日)
第56回群馬県合唱祭
http://gca.sakura.ne.jp/activity/03.html
大泉町文化むらホール
http://www.bunkamura.or.jp/bunka/bunka_top.htm
演奏曲目:Gloria(Monteverdi 4声のミサより)、赤とんぼ(平吉毅州編))
41番目、17:03の出番ときまりました。

2012年11月3日(土・祝)
市民音楽の集い
高崎市文化会館
http://www.takasaki-bs.jp/b-kaikan/index.htm
演奏曲目:たきび、月の沙漠、雪(混声合唱曲集「日本・こころのうた【秋冬編】より」)

2013年1月27日(日)
第6回群馬声楽アンサンブルコンテスト
会場未定
演奏曲目:未定

特定のアドレスの拒否と日本語必須化のご案内

最近コメントに対して、特定のアドレスからのスパムが急増しました。
あまり特定のアドレスを拒否することはしたくないのですが、サイトで検索しますと、このアドレスやレンタルサーバーは、以前からスパムメールのアドレスとしてかなり有名なところのようです。

大変申し訳ありませんが、2つほど本日をもって拒否の設定をしました。コメントやトラックバックはできなくなります。

なお、善良なこの2つのアドレスの利用者の方は、お手数ですがメールなどでご連絡いただければ、個別の対応をいたします。

また、多くが海外の違法ドラッグやアダルトの宣伝URLを貼っていくものなので、コメントやトラックバックにおいて、日本語の利用を必須という措置をとりました。

ご不便をおかけすることもあるかと思いますが、ご理解とご協力をお願いいたします。

高崎の新音楽センター

市長もかわり、高崎市の財政の問題もあり、どうも大幅な変更もありそうで心配していましたが、久しぶりに市議会だよりで検討状況をみることができました。

http://www.city.takasaki.gunma.jp/soshiki/giji/dayori/documents/231_08-09.pdf

音楽をトップクラスとそうでないものにわけることが前提の答弁は、個人的には賛成できませんが、仕方ないところか。
新音楽センターというよりは、「都市集客施設」の一部となっているんですね。

同じ市議会だよりの11ページ(こちらはリンクしませんが、質疑要旨の最後のページ)でスポーツ振興の予算の話題も出ています。
文武両道といいながら、そして、音楽のある街、映画の町といいながら、そして、高崎市に限らず、スポーツと文化活動だと、どうしてもスポーツが強く優先されてしまうのは、なんとなく残念です。
高崎のスポーツ人口とそれをになう施設の数や予算と、文化活動をする人口とそれに対応する施設の数や予算を比べると、どうなのかなー。

「演奏会」を60周年にはしたい

合唱で人前で歌うことがあると、「学芸会にはなりたくない」というコトバがときどき聞こえてきます。

ようするに、父兄がやんややんやで喝采し、内容は二の次で、自分の子供が出ていればOK、みたいなレベルのそれではなく、「きちんとやりたい」という趣旨のコトバです。

でも、昨年「発表会ではなく演奏会」というコトバも聞く機会がありました。

発表会。

演奏に限らず、たとえば学会発表、というコトバもありますが、発表というのは、発信者主体です。それがもちろん、芸術分野でも学術分野でも、すばらしいものならば、聴衆、受け手に何らかの影響を与えます。でも、発表会は、聴衆や受け手に何らかの影響を与えなくても発表会です。

学芸会はきっと、父兄という聴衆には大きな、なによりも勝る感動を与える、あるいはもたらすでしょう。
たしかに、多くの合唱の「演奏会」「コンサート」は、関係者には何らかの影響を与えるものになっています。ステージにいる団員の関係者は、お世辞もふくめて「よかったねー」といい、しかし、同時に、その人の意外な一面をみたり、子供ならば、将来性の妄想を親にあたえたり(失礼(^^;)…。でも、関係者以外に何かを残している「演奏会」や「コンサート」はどのくらいあるでしょうか。

その「演奏会」に、テクニックはどれだけ必要でしょうか。

たぶん、テクニックがあると、より「何かを伝えやすい」という効果はあると思います。でも、テクニックがない=何も伝えられないではないと私は信じます。
幼少から音楽を学び、音大を出て、プロとなり、経験も積んで…という方がする演奏と、アマチュアの演奏会は、テクニックでは太刀打ちできないのは言うまでもないこと。でも、プロがサラっと平べったく、薄くやる演奏と、アマチュアがじっくり時間をかけ、仕事の合間を惜しんで練習してきたそれがなす演奏と、テクニックの不足を補うそれがあって欲しいと思います。

「アマチュア」は本来の意味は「愛好家」です。プロも愛好家であって欲しい。でも、演奏の回数をこなさないと生活はできないだろうし、好きではない、どうしても気持ちの入らないそれもやらなければならない。そんな駆け引きもきっとあるでしょう。

ということを背景として、アマチュアが何をもって発表会ではなく演奏会をするのか。

そもそも「演奏会」ってなんでしょう。

自己満足ならば一人からおけの方がよほど日本のためです。500人お客様がくれば、1000時間を費やしているのが普通の演奏会(たいてい2時間くらいですから)。1000時間費やすならば、よほど他にやるべきことはたくさんあります。何も伝えることも伝わることもなければ。一人からおけで2時間は、2時間満足する人が1人いて、他に無駄にはならないだけよほどマシ。

60周年にむけて、大勢の方にきていただきたい。そんなコトバは団員の中から聞こえてきます。大勢の方(とくに元団員の方々)にいっしょにステージにあがって欲しい。
60周年記念演奏会という性質上、ステージの上だけで満足してしまう恐れは強いと思いますが、60周年だからこそ、高崎の合唱団の草創期から継続している合唱団だからこそ、発表会ではなく演奏会とはこういうものだ、というものはやるべきではないか。自己満足で、人数×2時間を無駄にするのではない、発表会ではなく、演奏会にすることが、まずは必要なことではないか。

2013年のコールパーク60周年が近づいてくるほどにそれを感じます。

5月より練習再開、そして2013年に向けて

告知が遅くなりましたが、表題のとおり、5/6より練習再開しております。そして、2013年の60周年に向けて、というスタンスも、震災前のとおりです。

60周年に向けての、ブログ閲覧のみなさんのご意見を期待しております。

東日本大震災

平成23年3月11日14時46分頃の地震をきっかけに、余震あるいは連鎖で発生した地震、津波、原子力発電所の損壊にともなう事故など、あらゆる形であるゆる立場で被災された皆さまに、お見舞い申し上げます。
あわせて、その被害の拡大防止、救援、復興活動に全力をあげて取り組んでいる皆さまに、厚く御礼申し上げます。

1953年という戦後の暗い時期に、高崎公園で歌を通じて復興へのエネルギーとされたのであろう、コールパークの設立の想いを考えてみると、私個人は今こそ、気持ちまでさめきらず、そして、その気持ちを通じて復興への精神的な支援たるべく、活動を平常とおり続けていきたいと願っておりました。
しかし、残念ながら、高崎市の公民館すべてが、夜間の貸し出しを停止してしまいました。
また、団員の中には、ご親戚がとくに被害の大きかった茨城、福島、宮城にいる者もあり、最前線で復興活動にあたる立場のものもあり、という状況を考慮し、4月末までは活動を中断ということになっています。

一日も早い復興と、それに伴い、またそれを後押しする私達の活動の再開の想いもこめ、お見舞いと活動中止中のご案内を書き込みます。

(合唱団としての公式の文章ではないので、お知らせ的な内容ではありますが、こちらのカテゴリに含めて書き込みしました)。

第一回60周年企画会議? の感想

60周年にむけて、どんなステージにするのか。
今月から第一練習日のあとに、これで会議→飲み会を定例化することとなりました。(いや、60周年を肴に飲む、と、素直にいうべきか)。

選曲に関して、私が提案したり、意見として出てきたものをいくつか。

コールパークと同じ年齢の合唱曲。
たとえば、こんなのも提案してみましたが、調べたかぎり、作曲年度はわかりませんが、発売や発刊年度でいうと、大中恩先生が2楽譜(組曲『わたしの動物園』『日曜学校のころ』、曲集『5つの混声合唱曲』=「秋の女よ」だけでもいいかも…!)、髙田三郎先生が2楽譜(『季節と足跡』、雅楽の旋法による『聖母賛歌』)。あとは今をときめく、または今も比較的歌い継がれている作品を発表している先生方でも、1955年頃から合唱作品に取り組んだ例がほとんどで、1953年というのはなかなかむずかしいようです。

コールパークと同じ年齢の作曲家(合唱作品を複数発表している方)。
1953年に作曲されるには、作曲家の先生は1930年前後より生まれが前でなければなりませんから、なかなかむずかしい。でも、1953年生まれならば、と探してみたところ、荻久保和明先生、西村朗先生が該当。コールパークも『IN TERRA PAX』は過去に取り上げたことがありましたから、荻久保先生などは抵抗もなく取り組めるのでは…?(西村先生はむずかしすぎる印象があるのですが)。ネットでは私もブログを楽しみにしている吉松隆先生もいらっしゃいますが、合唱曲の作品はあったかなー…。

同じ年ではないけれど、日本の合唱史をふりかえって、このようなイベントで行うにふさわしい、と思い浮かべるものとして、『水のいのち』も提案としてあがりました。『土の歌』『筑後川』などもあがりましたが、前者は少々暗いのでは? という意見も出て、後者はどうしても九州地方の印象が強くなってしまうこともあってか、やや盛り上がりませんでした。
『水のいのち』は、60才ではないですが、髙田三郎先生は生誕100周年に該当する年になり、すでに髙田先生生誕100年記念演奏会がずいぶん企画されているようです。その一つとして取り上げるというのもありかもしれません。

名前にちなんで、公園に関連する合唱曲、なんていうのも面白いと思いますが、今のところ該当がみあたらず…。

人気サイトの管理人がこのように「ボソ」っと書くと、コメントがたくさん集まるようですが、ここでは無理ですかね…(^^;。

宗教曲を歌う

昨年のクリスマス。40過ぎの独身男がこんなことしているから未婚なんだ、と言われそうですが、一晩合唱について飲み明かしていました。始発まで飲んでいて帰ったのは何年ぶりだろう…。

いろいろな話が出ましたが、一番印象的だったのは、「キムジョンイル万歳」という歌詞の歌があったとしたら、それを心をこめてどれだけ歌えるか? というテーマ。

と、いうのは、宗教曲を信者でないものが歌ってよいのかいなか、という話から出てきたたとえ話です。

ちなみに私はやや特殊な環境で育ちました。信者ではないものの、聖歌は学校の関係で、それこそ物心ついたときから高校までは毎週、大学も行事のたびに歌ってくる、という環境です。だから、信者でないものが歌ってよいかいなか、という点では、「いい悪い関係なく歌っているもの」としか思えないのが最初でした。

ただ、私の「物心ついたときから」というのがポイントかもしれません。
「神を信じます」という歌詞は少々おいておくとして、平和や愛を歌った歌は、信仰に関係ない小さい子供にとっても、素直に「祈り」ではなく「願い」というレベルで口にすることはできるし、歌えるもので、受け入れられるものだと私は感じています。特に聖歌は、神をたたえる、という内容よりも、平和、愛、といった教義?(その中でも不偏・不変・普遍の道徳的なこと)を歌うものの方が多いと思いますからなおさらです。

それに…合唱をかじったことがある人は、たいていラテン語の宗教曲は歌う場面が出てきます。もちろんこれに疑問を感じながら歌う場合や歌う人もいると思いますが、ほとんどすべての合唱愛好家がキリスト教徒でなくても歌っているわけです。

それを話したところで出てきたのが冒頭のたとえ話。「ラテン語だから歌えるんだよ、日本語で歌詩の意味が(十分に)わかっていたら、どれだけ真剣に、気持ちをこめて歌い続けられるだろうか」ということで、「キムジョンイル万歳」が出てきたわけです。

たしかに、そう言われると非常に難しい。少なくとも北朝鮮の方が歌うのと、日本人が歌うのでは、気持ちのはいり方は違うだろうし、演奏という目でいけば、迫力も説得力も違うのは、かなり明確にイメージできます。
だとすると、信者でないものが宗教曲を歌ってよいのだろうか、というテーマでも同じことがいえるような気がしてくるわけです。
逆の話を聞いたこともあります。熱心なクリスチャンの方が、仏教の教えを説いた合唱曲を、信仰上の理由で歌えない、とステージにあがることを拒否した、というお話しです。日本の方で、日本語の仏教の教えを説いた歌ですから、場面は同じといってよいかもしれません。そして、サンスクリットで書かれた詩だったならば、まだこの方も歌えたのかもしれません。

30日にはCredoを歌います(http://www.chorpark.net/dp/diary.cgi?no=15)。これは、私の特殊な環境の話の中であげた、平和や愛を歌ったというよりは、信仰宣言ですから、はるかに「神を信じます」という内容に近い詩をもっていることになります。「天地の造り主全能の父なる神を信じます…」ではじまって「罪の赦し、よみがえり、永遠の命を信じます」まで続くわけですから。

合唱協会の機関紙「Harmony」でも、このテーマはとりあげられていたことがありました。だいたいこのテーマの結論は、「信者と同じには歌えないが、信者とは違う別のメッセージがあるはずだ」みたいなところに落ち着くのが一つのようです。私もこれには概ね賛成で、宗教に限定せず、たとえば、「ふるさと」を外国の方が歌ったらどうでしょう。日本人の「ふるさと」と同じに歌えるか、と考えると、違う「フルサト」や「Furusato」になるように思います。しかし、それが音楽としてダメなものかといえば、そうではないだろうし、「ふるさと」という楽曲は、オリジナルの意味や解釈は当然にあるとしても、それを離れても耐えうるだけの「深さ」「才能」もあるものだと私は逆に信じたいと思います。

そういう目でみると、ルネサンスの宗教曲など、500年前後も歌い継がれてきているし、世界のあちらこちらで取り上げられている。必ずしも信者が信仰心に則って歌うものでなくても、それを離れても耐えうるだけの「才能」があるものが現在に残っているのではないか…と(かなり勝手な解釈かもしれませんが)。

そのようなすばらしい音楽を生み出した宗教そのものには感謝し、そのようなすばらしい音楽を創り出した作曲・作詩者には敬意を表し、そのためには十分な準備(十分な勉強(解釈)を含む)を経た上で演奏することが不可欠ではないか、とあらためて思うわけです。ラテン語だから歌える、というのは、その意味では、まだ歌詞の意味をきちんと理解していないから、ということと同義かもしれません。そしてなによりも、戦争その他で、歌など歌っていられない環境にある方が大勢いる世界の中で、歌えることそれ自体にも感謝を忘れてはならないのはいうまでもありません。

このテーマのこの雑談は、結論がありませんが…。

年間演奏機会予定

明細がきまりましたら、それを独立した記事としてリンクしていきます。

ここでは日程と流れのみご案内します。

2011年1月30日(日)
第4回群馬声楽アンサンブルコンテスト
伊勢崎市文化会館
http://www.chorpark.net/dp/diary.cgi?no=15

2011年4月上旬(日)
花祭り奉賛会
高崎市内寺院 ← 東日本大震災のため自粛となりました。

2011年10月16日(日)
第55回群馬県合唱祭
http://gca.sakura.ne.jp/activity/03.html
群馬音楽センター
http://www.takasaki-bs.jp/center/
演奏曲目:Kyrie(モンテヴェルディ)、故郷(鈴木憲夫編)
15:51。

2011年11月3日(木・祝)
市民音楽の集い
高崎市文化会館
演奏曲目:春が来た、かあさんのうた(以上鈴木憲夫編)、Agnus Dei(モンテヴェルディ)

2012年1月29日(日)
第5回群馬声楽アンサンブルコンテスト
前橋市文化会館
演奏曲目:Gloria(W.Byrd)
33番目15:12~の出番となりました。

2011年スタートにあわせて

あけましておめでとうございます。

cgi 絡みの不具合がいくつかあり、その関係で記事リンクが正常でない部分がありましたが、2011年スタートにあわせて修正しました。

2013年には創団60周年となり、それに向けてそろそろ、という2011年。ますますの合唱団の充実、ハーモニーの充実、団員の充実(^^;‥と向かっていきたいと思います。

団員はHP運営に全員が協力しあっていきましょう。
訪れてくださった方は、ご意見などお寄せいただければ幸いです。